第二話:こうして悲劇は訪れる。
「そうだ! 劇をやろう!」
「却下」
恐怖の放課後から二日後。放課後の集まりで例によって奴はとんでもないことを言い出した。
恐怖の放課後、というのは思い出したくもないのだが、高校生二人組がまるで深夜テンションかのごとくよく分からないヒーローショーを公園でやってのけたあの放課後である。危うく俺も参加させられる所だったのだが、その場は無事に逃げ延びた。捕まっていたら即強制連行であったであろう。それを思うと今もぞっとする。本当に逃げられて良かった。心底助かったと思える。
俺こと、櫻井直斗は生徒会副会長である。中学校、高校とエスカレーター式の学校で無事に進級を果たした高校一年の春、転機は起こる。
見知らぬ先生に声をかけられたかと思いきや、頼まれたことは、生徒会に入らないか、ということだった。内申点欲しさに二つ返事で生徒会副会長の座を得た俺は、こうして生徒会に入った。
そして、入った瞬間に激しく後悔をした。
確かに、先生からは事前に生徒会長は変わり者だ、という情報は得ていた。第一印象は、爽やかな好青年。挨拶もそこそこに、そんな変わり者だという感じはしない。
だが。
事件は起こる。新生徒会、全校生徒の前での生徒会長着任挨拶でのことである。
どうやら戦隊ものに熱く夢を見ている彼は、生徒会と戦隊ものをリンクさせやがった。新生徒会役員紹介のあの全校集会を俺は忘れない。いや、忘れられない。
自分のことをレッドと言うだけならまだしも、いや、この歳でそんなことを言い出すのもあまり良くないと思うが、俺のことをイエローだかブルーだかと言い出した。どっちでもいいことこの上ない且つ、それを全校生徒の目の前で言うか。
あれから俺のあだ名はブルー。しかもこの学校は中等部からエスカレーター式であるので、周りはほぼ知り合い。悪のりも中々に酷い連中ばかりだ。しかしそれだけではなく、すっかり生徒全員に認定されてしまった。
あの時にいた、もう一人の高校生は違う制服を着ていたので、他校の生徒であることは理解できたが、彼の何のどんな繋がりかまでは分からない、見たことのない顔であったのは確かだ。とは言っても、俺も会長の友好関係なんて知らないし、知りたくも無いので分かる方が凄いのだが。
しかし、どんな奴だろうと、関わりを持ちたくない部類の人種であることだけは理解した。あの会長のテンションと全く同じテンションを持ち合わせている人物がこの世に存在したことには驚きを隠せない。
そして、見た目が完璧に王子様だった記憶がある。ハーフか、純血外国人か。金髪青目って。いや、碧眼って言うんだったっけか。まぁ、どちらでもいいことだ。そもそも日本じゃ中々見かけないその容姿には目を惹かれた。
やっていることが痛々しかっただけに、余計に目を惹かれる。
それにしても、普通、高校生二人が公園で謎のヒーローショーをするか。しかも、公園にいる親含め、周りどん引きの状態で。
そんなヒーローショーをやってのけた、自称情熱に溢れるレッドこと、秋葉彼方はあれでも我が校の生徒会長である。あれでも。三度言うが、あれでも。
そして、今日。
新生徒会が発足して最初の行事が文化祭。多分、内容自体はどこの学校とも大差ないだろう。しかし、我が校の文化祭は、オープニングセレモニーを高等部生徒会が担当するらしい。とは言っても、そんな大層なことをするわけでも無い。例年通りならば、ダンス。それも五分弱程度で良い。だからそんなに気張ることはない、とそう思っていた矢先のあの発言である。
あの会長がやると言う劇なんて、内容は目に見えている。先を聞かずとも却下するのは当然のことであり、それは書記長である叶先輩も同じ考えであったようだ。自分の声と先輩の声が見事に重なった。
「な、なんでだよう。まだ俺様項目も何も言ってないじゃないか!」
言わずとも分かるから却下してんだ。
「どうせ、ヒーローショーとでも言うんでしょう。予想を外したなら考えても良いですけど。一応訊いておきます。何するんですか?」
「……戦隊ショー」
「だから却下なんですよ。大体、高校生にもなって戦隊ものとかいまいち理解ができないんですけど、未だに。何だったんですか、あの金曜日の公園での謎のショーは。言っておきますけど、周りどん引きでしたからね」
「あ、あれは……! 雅也との立派なヒーローショーだったではないか! ウケが悪かったのは、人が足りなかったからであって、内容自体は全くもって問題無しであっただろう」
そう思っている時点でダメである。
「そう、だから我々はあの時誓いを立てたのだよ! 櫻井くん、君も見ていたであろう。聞いていただろう! 俺は、ブルーとピンクを今度必ず連れてくる、雅也は悪役を連れてくる。これで上手くいくはずだ!」
上手くいくか、この野郎。つか、誰がブルーだ。
俺が呆れ、蔑んでいたら、もう一つの爆弾がまさかの方向から投下された。
「なら彼方。オープニングに寸劇をすることを認めてあげても良いわ。ちゃんと櫻井くんも交えて」
さらりと爆弾発言をしてのかしたのは、生徒会書記長である叶先輩。どうやら会長と幼馴染みらしく、先生の推薦として書記長をやっているらしい。
もちろん、会長のストッパー役として。
それにしても。
何を仰る、叶先輩。これは幻聴だ。紛う事なき幻聴であろう。しかし、期待空しく、幻聴でも何でも無い、リアルな言葉だった。
「おお、綾女! ついに俺様のことを理解してくれたのか!」
大袈裟に、手を広げ、叶先輩に突進しようとするも、笑顔でそれを阻まれる。
「お馬鹿ね。理解するわけ無いでしょう。彼方の趣味は昔から全く理解できないもの。ただ、条件があるの。もうこれっきり、生徒会に戦隊ものを連れ込まないで。一切、私のことをピンクだとか言わないで頂戴。それを約束するなら、やっても良いわよ」
あぁ、きっと先輩も俺と同じ犠牲者なのだろう。
しかし、叶先輩も中々大胆な交渉をする。確かにもう二度と生徒会と戦隊ものをリンクしない、なんてことになったらこれこそ赤飯ものの勢いで大喜びするが、それにしても一回の恥を忍ぶなんて。
そしてそれに俺を巻き込むなんて。
会長はしばらくうーん、と唸った挙げ句、しぶしぶと了承した。
本当にしぶしぶそうだったが。
「それは良かったわ。ありがとう、彼方。じゃあ、私はナレーターをやらせてもらうわ」
当然の如く、笑顔でさらりと言ってのけた叶先輩の発言に暫く思考が停止する。今なんと仰ったか。
「えっ、ちょっと叶先輩……? 俺を巻き込んでおきながら先輩はナレーターに逃げるって。どういうことですか」
「あら、だってヒーローショーなんて絶対嫌。死んでも嫌だもの」
それは俺も同じなんですけど―――。
「まぁ、仕方ないだろう。綾女がするとは思っていなかったしな。どこか他のところからピンクを見つけ出すしかないな」
会長はどうやらこの流れを理解していたらしい口ぶりである。
「え、ちょっと。その流れで行くと、別に俺がブルーしなくても良いじゃないですか。会長がどっかから誰かを引っ張ってくれば良いじゃないですか」
「馬鹿者! 会長の相棒と言えば、副会長。レッドの相棒と言えばブルーなのだよ! 櫻井くん! 君は分かってない。何も分かってない!」
だから分かりたくないんだっつーの!
「だが安心しろ、櫻井くん。今はこう言っておくが、綾女にもちゃんとピンクという役をやらせるからな」
こっそりと得意げに耳打ちをするが、そんな情報はどうでもいい。
こうして俺は、まさかの文化祭で劇をやらされる羽目になる。あの放課後、逃げ延びた意味が全くない。
「そうと決まれば、早速雅也と連絡を取らないといけないなっ! 今年の文化祭オープニングは合同で劇だからなっ!」
気の毒に……そう思いながら出て来たのは、二日前、分かち合ったあの男子学生のことだった。
つーか、合同ってなんだ。聞いてねぇぞ。
憂鬱な気分の中、ため息混じりに歩いて帰っている最中だった。ねぇ、と声をかけられ、振り向くと、そこには他校の男女の高校生がいた。
つい最近、どこかで見たような制服に頭を悩ます。
すると、俺が怪訝そうな顔をしていたからか、向こうから話しかけてきた。
「あの時公園にいたの、君でしょ。やっぱそうだって、ねぇ、冬夜」
「んー。あんまり覚えてないけど、そう言われればそんな気もする」
公園、というキーワードで大体の想像が付いた。そういえば、あの時あの金髪の彼が来ていた制服と目の前にいる男子学生の制服は同じものである。
「あ、もしかして二日前の。あれを見てしまった人たちですか」
思い出せば記憶が鮮明になってくる。彼女たちはあの時あの現場に居合わせてしまった人たちだ。俺と分かち合った、あの彼である。
ほら、やっぱりそうだったでしょ。と彼女が男に向かって言う。
てか、間違いだったら相当恥ずかしいナンパだよね。と男が彼女に向かって言う。
そのやりとりは恋人同士のようでもあり、気の知れた友人同士、のようでもあった。
「あの後大丈夫だった? 逃げ切れた? 私たちはさ、光ヶ丘のあの運動神経の悪さで何とか逃げ切れたけど、そっちの会長さんはどうだったのかなって心配してたんだよ」
「心配と言うよりも興味の塊だったけどね、香世の場合は」
失礼な、と彼女が呟くのが聞こえた。
「あの後は無事に逃げ切れました。なんとか、ですけど」
「そっか、なら良かった」
そういえば、と先ほどの集まりのやりとりを思い出す。金髪の学生と彼らがどんな関係かは分からないが、追いかけられる、ということは何らかの関係があるということだろう。やはり巻き込まれてしまうのだろうか。
彼らにはまだ劇の情報は伝わってないのか、それとも全く関係ないのだろうか……。
「そういえば、あなた方とあの金髪の方はどういった関係なんですか?」
「あぁ、あいつはあれでも僕の学校の副会長。で、僕が生徒会長。あ、そうだ。えっと……、僕は氷王冬夜。それで、こいつが如月香世で、風紀委員長。あいつ含めて僕たちは高二だけど……タメ?」
そして隣から、如月です、よろしくね、と続いて聞こえた。
どうやら境遇的には非常に近しい存在だったようだ。いや、向こうの方が、生徒会長が常識人であるだけ数倍も良いだろう。
「あ、俺は高一です。あのバ会長は高二です。それにしても俺とあんまり変わらない境遇ですね、本当。あっ、俺は櫻井直斗です。あんなのでも奴は生徒会長で、俺は副会長です。」
あぁ、気の毒に。彼からそんな哀れみの目を頂く。
それにしても、生徒会長か……。奴は雅也に電話する、と言っていた。おそらく副会長がその雅也、という彼なんだろう。
そこで俺は思いついた。
「先輩っ! ここで知り合ったのも何かの運命として、お願いがあるんですけど! どうか、あいつの! あいつの悪魔の手から俺を救って下さい!」
「ちょっとちょっと! 突然何なんだよ」
後にとても怖かった、と言われるほどに酷い剣幕だった俺の言葉に、二人は何事かと思ったらしい。
それほどまでに酷かったのか。
「先輩は会長なんですよね。生徒会長なんですよね!」
「ま、まぁ」
「ならっ! うちの会長の誘いなんか断って下さい! じゃないときっと先輩までも酷いことになります。いや、本当にお願いします」
とりあえず、今日の放課後の集まりで話し合ったことを伝える。すると、彼もこれはまずい、と思ったのか、次第に顔が深刻になっていった。
副会長とはいえ、了承した瞬間、よく分からないエム会とやらに参加させられ且つ、劇だもんな。絶対嫌だ。
「これは……。もしかして僕の方にも火種来ちゃうのか」
「うん、来そうだよね」
それはまずい、なんとかするしかないな、とアドレス交換をしてその日は別れた。
これは何とかなるか、と期待したのもつかの間。やはり、我が会長はとことん俺の期待を裏切る人物であるらしい。
次の日の集まり、いつも以上にテンションの高い会長がそこにいた。
「櫻井くん、是非とも聞いてくれ! 無事に雅也と約束を取り付けたぞ! 嬉しいだろう、嬉しいだろう! これでついに君もブルーとして活躍するときがくるぞ! さぁて、今から練習だ。俺様が君にエコ戦隊ナビレンジャーとして立派な決めポーズを」
「え、ちょ、もう約束取り付けちゃったんですか! 早い、早すぎますよ!」
「櫻井くん、人の話は最後まで聞くもんだぞ」
「いや、聞いても無駄なので」
最近、本当に櫻井くん冷たくなったよな、と口を尖らせて会長が呟く。しかし、そんな些細なことはどうでも良いくらいにはテンションが高いらしい。次の瞬間にはけろっと、もとのテンションに戻った。
「ちなみに! ピンクには、わが学校のマドンナ、綾女が快くやってくれるそうだ。なぁ、綾女」
「ふふ、本当に早くくたばれば良いのにね、彼方」
そして、宣言通り、奴は叶先輩まで本当に説得してきたようだった。いや、この雰囲気で言うと、説得と言うよりも何か脅されたようだが。
ちなみに、この状況ではとても聞ける雰囲気ではないことは明らかであり、その理由はずっと分からず仕舞であった。
「櫻井くん、オープニングでヒーローショーをやるって決まった時点でもうさらけ出すことは決定事項よ、諦めて」
いつもは穏やかに笑顔を浮かべている、そんな叶先輩がこの世の終わりなのではないか、というくらいに青い顔を浮かべていた。
叶先輩――、誰のせいでそんなことになったと思うんですか……。
なんとか氷王さんが説得して――というよりも生徒会長は氷王さんのほうなのだから決定権は氷王さんにあると思うのだが――寸劇無くならないかな、という期待は当然の如く、無駄な産物となった。
こうして、また自分の歴史に黒歴史が追加されてしまう。内申点欲しさに始めた生徒会でまさかこんな思いをするとは。内申点は上がっても精神的ダメージは大きい。
つーか、誰だ、こんなやつを生徒会長にしたのは。
しかも、あの集会以来、生徒会の戦隊ものは評判が良く、変に人気があるのも悩みの種である。
こうなれば、内容だけでもあの深夜テンションから脱出するしか黒歴史を薄くする方法はなさそうである。
それにしても、味方が増えたことだけが幸いであった。なんとか氷王さんと連携を取ってあのバ会長を押さえ込むしか恥を少なくする方法はないだろう。